30Jul
林芙美子は昭和17年11月16日にシンガポールに到着し、
18日、日本軍の戦跡であるジョホール水道の敵前渡河地点、
激戦地ブキティマ、フォード会社両司令官会見の場所などを見学している。
当時の大日本帝国は、勝ち組。
69年後、敗戦国・日本で育った私が、戦跡めぐりをしてみた。
まずは日本人墓地公園へ。
墓を見守るせんすみたいな木!
明治42年、ロシアからの帰途に亡くなった二葉亭四迷の碑もある。
ほかにも、南方軍総司令官・寺内寿一の墓や、戦争中にこの地で
働きながら人知れず亡くなっていった日本人の墓も多数ある。
続いて、連合軍側の人々が眠るクランジ戦没記念碑へ。
連合軍墓地のほうが、日本人墓地よりも格段に立派・・・
お墓をぬって歩く鶏の親子。
続いて、ジョホール水道の敵前渡側地点。
向こうに見えるのはマレーシア。
激戦地ブキティマ近くのブキティマ自然保護区
いたサル。
エサをあげると罰金。
フォード自動車工場跡の博物館。
山下奉文が英国司令官と降伏を交渉を行った場所。
そしてナマ机!